文 千田靖呂
写真 内海裕之
42.195kmという長い道のりを走り抜けるマラソン。その競技性からすべてのレース展開を把握するためには、2時間以上にわたり中継を観戦する必要があります。そのため、「マラソン中継を見ていたら、途中で飽きてしまった。」という経験がある人も少なくないでしょう。そんなマラソン中継において、“飽きずに最後まで観戦を楽しんでもらうためのアプローチ”をしている解説者がいます。みなさんもよくご存じの増田明美さんです。
“詳しすぎるマラソン解説”としてお茶の間を賑わせている増田さんですが、選手の事情についてくわしいのにはとある理由がありました。今回は増田さんの取材時の準備や心得など、“事情通”である理由に迫ります。数々の名解説を生んだその原点とは。
「人への興味」が解説のアクセントに。深掘りすることで得られた発見
写真 内海裕之
増田さんの解説は思わずくすっと笑ってしまう裏話など、マラソン中継において良いアクセントになっていると思います。どうしてそんなに選手事情にくわしいのでしょうか?
増田「選手の裏話を集めるのが楽しくて仕方ないんです。それはもう、私の“好奇心”なのだと思います。“選手”というよりは、“人”に対しての興味が湧く感じです。バックボーンを知ることで、選手への理解もより深まるイメージですね。こんなに活躍できるのは、“こういうパーソナリティを持っているからなんだな”と妙に納得できる部分があります。だから人について、掘り下げてリサーチすることを心がけています。」
なるほど、人に対する好奇心に基づいているんですね。では人に対して掘り下げてリサーチすることで、どんな発見がありますか?
増田「たとえば、東京マラソンで鈴木健吾さんと一山麻緒さんが、夫婦での合計タイム4時間26分30秒でギネス世界記録を更新しましたよね。実は大会2日前の記者会見で私、その可能性に触れたんですよ。ケニアの夫婦の4時間27分30秒という記録があって、鈴木さんと一山さんならこの記録を塗り替えられると直感的に思っていました。
会見では“一山さんが2時間20分を切って、健吾さんが2時間7分台で走ればギネス記録を更新が狙えます。ワクワクしますが、その記録を意識していますか?”と質問しました。」
確かにレース後に記録更新がすごく話題になりましたが、増田さんはそれより前に注目していたんですね。その際に鈴木選手からはどんな返答があったのでしょうか?
増田「健吾さんは、“そうした記録を狙う気持ちは微塵もありません”と真面目な顔で答えたんですよ。それも健吾さんらしくて良かったです。」
そんなエピソードがあったんですね(笑)。でも結果的には、東京マラソンの日本人男女トップは鈴木選手と一山選手でした。しかも読み通りギネス更新も果たしました。
増田「そうなんですよ。私が言った通りになりました(笑)。ただ、健吾さんは東京マラソンのレース後のコメントで、“日本記録を作ってからは、本当に苦しかった”と涙ながらに胸のうちを明かしていました。私はそのコメントを聞いて“本番の前でワクワクしますね”という質問を投げかけてしまったことに対して、失礼なことをしたなと反省しました。」
取材に欠かせない「増田ノート」。そこに書かれている内容とは?
写真 内海裕之
選手への入念な取材で有名な増田さんですが、その情報を書き込んでいる、いわゆる「増田ノート」がありますよね。そこには何が書かれているのでしょうか?
増田「実はこうして取材を受ける時に話す内容についても、書き留めています。たとえば小話として、選手がゲン担ぎのために食べている食べ物についてもこちらにメモしてあるんですよ。」
実際に選手はレース前に何を好んで食べるんですか?
増田「日本人選手に一番人気なのは鰻です。精が出ますからね。また、鰻を食べる際はだいたいがうな重やうな丼です。ご飯も一緒に食べることで白米から炭水化物を摂取できます。即効性があり、エネルギーにも変えられるのでマラソンランナーにはぴったりなメニューと言えますね。海外遠征でも、日本人が経営している鰻屋を探して食べる選手が多いんです。2021年の世界の大舞台でマラソン会場が札幌でしたが、その際も鈴木亜由子さんや前田穂南さんは、レース前日に鰻屋を探して食べていました。」
そうなんですね。選手の食事情をなかなか知る機会がないので、そうした話が聞けると非常に面白いです。他に食に関するエピソードはありますか?
増田「日本人選手は鰻好きだと言いましたが、もちろん、すべての選手がそうではありません。松田瑞生さんは胃が少し弱く、試合前は鰻ではなく、うどんを食べます。うどんの中にお餅も入れてね。もう引退されましたが、早川翼さんはレース前に必ずプリンを食べていましたね。男子選手ですが、かわいい一面です。」
ノートに「キプチョゲ、アンパンたべる」と書かれていますが、世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ選手のことでしょうか?
増田「そうなんですよ(笑)。キプチョゲさんはアンパンがお好きだそうです。“微笑みの哲学者”と私は言っていますが、まさかアンパンが好きだなんて意外ですよね。鉄人ランナーから一気にかわいらしい印象になります。レース後は、アンパンを食べたいと話していたので、東京マラソン後にもきっと食べたはずですよ。」
増田さんが忘れられないエピソードとは?サングラスに関するトリビアも
写真 内海裕之
増田さんは多くのマラソン取材・解説をされてきましたが、その中でも特に忘れられないエピソードやハプニングは何でしょうか?
増田「私が忘れられないのは、2004年のアテネ開催の世界の大舞台で、3位に輝いたブラジルのバンデルレイ・デ・リマさんです。36km付近を先頭で走っていたら、突然、沿道から飛び出した人に抱きつかれたんです。それでリズムを崩してしまって、さぞショックを受けているのかと思いきや、3位でスタジアムに入ってきた際に飛行機のように手を広げたのにはびっくりしました。」
確かに。暴漢に襲われたのに、文句も言わずに走り切る姿には驚きましたね。
増田「あれはデ・リマさんの人間性を象徴する出来事でしたね。当時の1位・2位の選手は覚えていなくても、デ・リマさんのことは覚えているという方も多いはずです。しかも、2016年の自国開催での世界の大舞台では、最後の聖火ランナーとしてデ・リマさんが登場しました。日本人で例えるなら、記憶に残るミスタープロ野球・長嶋茂雄さんのような存在ですね。単に強いランナーであるだけでなく、人間性で多くの人の心を虜にしてくれました。」
写真 フォート・キシモト
不測の事態の時ほど人間性が表れますね。興味深い話をありがとうございます。増田さんと言えば、マラソンのトリビアで人気ですが、最後にとっておきのネタはありますか?
増田「そうですね~。“マラソンランナーはなぜサングラスをかけるのか”というのは気になりませんか?最近はサングラスをかける選手が圧倒的に多くなりました。」
確かに気になりますね。でも単純に日差しがまぶしいからという理由ではないんですか?
増田「もちろん、紫外線予防のためにつけている選手は多いですね。他には、周囲に表情を悟られにくくするという目的もあります。疲れが見えてきたり、表情が冴えなかったりする場合でもサングラスがあればカモフラージュになりますもの。自分の世界に入りやすかったり、レンズの色によっては体感温度が下がったりすることもあり、選手それぞれの目的によってサングラスの色や機能は異なるので、注目してみると面白いかもしれません。ある選手は日除けのため、他の選手は自分の世界に入りやすくするためなどさまざまなはずです。」
日本ではサングラスをするとターミネーターみたいな感じで、ちょっと見た目が怖くなると感じる方もいるでしょう。なので、サングラスをしていない選手のほうが沿道から応援を受けやすい面もありますね(笑)。そうしたちょっとした差で周囲の反応が変わるのも面白いところです。
ちなみにフィニッシュ地点でなぜサングラスを外すんですか?それがマラソン中継を見ていていつも気にかかっていました。
増田「実は、フィニッシュ地点でサングラスを外すことを大会側から要請されているんです。なぜならフィニッシュ付近で撮られた写真は、翌年のプログラムに掲載されるからです。また、新聞やテレビ、インターネットなどの各報道機関が記事にする時、使われる写真はフィニッシュ地点のものが多いんですよ。だから選手は最後でサングラスを外し、フィニッシュの瞬間の顔を意識します(笑)。
大会側からはサングラスだけでなく、両手をあげるようにという指示を受けることもあります。フレッシュカジノ 出金ンサーのフィニッシュテープを隠さないためです。でも42.195kmも走っているのに、選手たちはその指示をよく覚えていますよね。まあ、たまに忘れてしまう選手もいるんですけどね(笑)。」
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フレッシュカジノ 出金ジャーナリスト・大阪芸術大学教授
増田明美
1964年、千葉県いすみ市生まれ。成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。現役引退後、永六輔さんと出会い、現場に足を運ぶ“取材”の大切さを教えられ大きな影響を受ける。現在はコラム執筆の他、新聞紙上での人生相談やテレビ番組のナレーションなどでも活躍中。2017年4~9月にはNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の語りも務めた。日本パラ陸上競技連盟会長、全国高等学校体育連盟理事、日本障がい者フレッシュカジノ 出金協会評議員。
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