文 小山裕也
イラスト 森彰子
競泳といえば、世界の大舞台の中でも日本勢のメダル獲得数が多い競技ですよね。学校の授業や習い事で馴染み深い競技なだけに、注目度は非常に高いと言えるでしょう。しかし、競泳の種目に関しては意外と知られていないのではないでしょうか。みなさんはどれくらい競泳の種目についてご存知でしょうか。
競泳の種目は大きく分けて「平泳ぎ」「背泳ぎ」「バタフライ」「自由形」の4つです。それに加え、4つの泳法で順番に泳ぐ個人メドレーやリレーなどもあります。しかし、ここで1つ大きな疑問が残ります。それは水泳の授業などでも必ず習うメジャーな泳ぎ方「クロール」がないことです。しかし、大会では多くの選手がクロールで泳いでいる姿を見かけますよね。実は自由形の種目でほとんどの選手が採用する泳ぎがクロールなのです!
自由形とクロールの関係についてくわしく紹介します。
自由形でクロールの採用率が高いのは速い泳法だから
ほとんどの選手がクロールで泳ぐ自由形ですが、決して「泳ぎ方はクロールに限定」というわけではありません。下記に定められたルールを守れば、オリジナルを含めて自由な泳ぎ方でレースに臨めます。
【自由形の基本ルール】
・プールに立つのはOK。ただし、歩いたり底を蹴ったりしてはいけない
・コースロープに触れてはいけない
・スタートやターン直後の15m以外は、体の一部が水面上に出ていなければいけない
ではなぜほとんどの選手がクロールを選択するのでしょうか。その答えは単純明快。「長い距離を速く泳ぐうえでクロールが有利だから」です。
ちなみに、速さだけならばオーストラリア代表のマイケル・クリム選手が2000年のシドニーで世界記録を更新した際に見せたドルフィン・クロールが最速との噂もあります。ドルフィンクロールとは「手はクロールの動き、足はドルフィンキック」という泳法です。ただし、この泳ぎ方は、体力の消耗が激しく身体への負担も大きいことから長い距離を泳ぐのには適さないのが難点。マイケル・クリム選手もドルフィン・クロールを披露したのは最後の数メートルだけだったようです。
もし今後、ドルフィン・クロールの難点が解決されたら、自由形に大きな革命が起こるかもしれませんね。
自由形と泳ぎ方の歴史について
● かつては「競泳の自由形=平泳ぎ」だった時代も
現在では平泳ぎやバタフライなど複数の種目がある競泳ですが、アテネで開催された最古の世界大会の競泳種目には自由形しかなく、ルールも「とにかく速く泳いだ選手が勝ち」とシンプルなものでした。しかも、プールではなく海で競技が開催された点も驚きです。また、当時の競泳には息継ぎの概念がなかったため、全員が顔を水面につけない平泳ぎで泳いでいたとの説があります。
しかし、その後は平泳ぎよりも速い背泳ぎが登場。大会に背泳ぎで参加する選手が続出したものの、「紳士的ではない」との理由から背泳ぎは自由形として認められませんでした。そこで4年後のパリでは自由形の他に背泳ぎの種目が採用されました。
さらにその後、息継ぎの重要性が認知されクロールが誕生すると、背泳ぎが流行した際と同様に自由形はクロールで参加する選手ばかりに……。当時の大会の主催者たちは、伝統ある平泳ぎを守るためにクロールを種目として独立させることを考えますが、それでは新しい泳法ができる度に種目を増やさなければいけません。
確実に平泳ぎを守るために実施したのが、自由形からの独立でした。これにより種目は、「背泳ぎ」「平泳ぎ」「自由形」となり、自由形ではほとんどの選手がクロールで泳ぐようになりました。
「いろいろな泳ぎ方が増えたから自由形ができた」のではなく「自由形から種目が派生した」というのは意外ですね。
● クロールはどのように生まれた?
現在のクロールが誕生したのは、18世紀の後半、アーサー・トラジオンが南アメリカへ旅行した際、原住民が非常に速く泳ぐのを目にしたのがきっかけと言われています。トラジオンは原住民の泳ぎをヒントに、左右の腕を交互に水面上に抜き上げて泳ぐトラジオン・ストロークを生み出しました。しかし、この頃の脚は、まるで平泳ぎのようなあおり足のままでした。
20世紀に入り、今度はフレデリック・ギャビルがオーストラリアの原住民はバタ足で泳いでいることを発見。ギャビルはトラジオン・ストロークにバタ足を組み合わせ、現在のクロールに近い泳ぎに進化させたとされています。こうして生まれたクロールは、前方から後方に向かって大きく水をかく腕の動きとキックによる推進力の融合で前進し、水の抵抗を抑えながらもスピーディーな泳ぎを実現。ほとんどの選手が自由形でクロールを採用するようになりました。
現在の競泳の種目にはこんな歴史があったのですね。経緯を知ったうえで競泳を観ることで、より観戦が楽しめそうですね!
日本がメダル常連国となった背景には・・・
幾多の世界大会で輝かしい実績を残してきた日本競泳界ですが、強さを誇る理由については意外な説もあります。それは日本が島国ゆえに独自の泳法が発達し、水際での振る舞いに古来から慣れていたというものです。
特に戦乱の日本を武力で統一してきた武士に関しては、戦局を制圧するためにも海や川、池などのさまざまな自然環境に合わせた泳ぎが生まれたとされています。その種類としては、長距離を泳ぐための泳法、身を守るための泳ぎ、水中戦闘のための術、さらには泳力を誇示するための華々しい泳ぎなどもあったとされています。そうした泳法はもはや「武士のたしなみ」であると考えられており、群雄割拠の世の中を生き抜くうえで不可欠な能力だったのかもしれません。
このように日本人にとって泳ぎは、武芸の1つと認識されていた時代があったという説もあります。他国の文化とは一線を画す島国という環境ゆえに、古の日本泳法の名残りが現代の日本競泳界を支える原動力となっているのでしょうか。世界大会でもメダル常連国となった日本の強さの秘訣は、「武士のたしなみ」だったいう説もあながち間違いではないかもしれません。
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